Emergency | 離陸直後のバードストライク編

離陸直後のバードストライク|Bird Strike After Departure

パイロットに限らず、案外身近に起きるのがバードストライクである。 車の運転中や自転車の運転中など、生活圏でも鳥との接触は普通に起こり得る。

ちなみに、湘南の海岸でポテトを食べていてトンビに持っていかれるのはバードストライクではない。 あれはただの「バードアタック」である。勘違いしないように。

本記事では、バードストライクの危険性、とりわけ離陸直後(after departure)に起きやすいバードストライクを題材に、 何を優先して判断すべきか、そして無線でどう伝えるべきかを、現場目線で解説していく。

前提として|Bird Strike は「外乱」である

バードストライク

バードストライクは、エンジントラブルやオイル系のような「機体内部トラブル」ではない。 環境によって引き起こされる外乱(environmental hazard)である。

ここを取り違えると、判断を誤る。 バードストライクは、発生の瞬間も、影響の範囲も、結果も予測しづらい。 当たったかどうかを確信できない場合も多く、どこに当たったのかも分からない。

重要なのは、鳥が必ずしもコックピットやエンジンに衝突するとは限らないという点だ。 翼、前縁、ランディングギア、あるいは視認できない場所に当たっている可能性もある。 つまり、「見えていない=当たっていない」とは言えない。

特に小型機では、状況はさらに深刻になる。 鳥がウインドシールドを突き破って侵入するケースもあり、 その場合は機体損傷の問題ではなく、直接命に関わる事態になる。

さらに厄介なのは、外見上は無傷に見えるケースが少なくないことだ。 振動もなく、音もなく、計器にも変化が出ない。 それでも無傷だと断定できない

つまり、バードストライクにおいては「確認できない」という事実そのものがリスクになる。 確認を待つ判断は、安全側ではなく、危険側に倒れやすい。

だから基本方針は一つしかない。 可能性がある時点で、判断を一気に safety side に倒す。 これは勇気の問題ではなく、外乱に対する合理的な判断である。

想定シナリオ|このページはこの状況だけを扱う

このページでは、あらゆるバードストライクを網羅することはしない。 扱うのは最も判断が難しく、最も事故につながりやすい状況だけである。

  • 離陸直後(after departure)
  • 低高度での飛行
  • 市街地・人家・道路・施設が機体の下に存在
  • 鳥が当たった可能性がある段階
  • 損傷の有無は未確認

このフェーズでは、高度・速度・選択肢のすべてが限られている。 上空であれば「様子を見る」という判断が成立する場面でも、 離陸直後・低高度では、その判断自体がリスクになる。

さらに厄介なのは、鳥という存在そのものだ。 彼らは三歳児のように言うことを聞かない、というレベルではない。 「わざとか?」と思うほど、こちらに向かって突っ込んでくることもある。 回避を期待できる対象ではなく、予測不能な外乱そのものである。

パイロットに高い視力や視認能力が求められる理由は、 計器を読むためだけではない。 こうした予測不能な対象を、できる限り早く見つけ、即座に判断につなげるためでもある。

重要なのは、「当たったかどうか」ではなく「当たった可能性があるかどうか」で判断を始めることだ。 この時点で確認作業に意識を向けると、判断は必ず遅れる。

このページが前提とするのは、「確定してから動く」世界ではない。 可能性の段階で動かなければならない世界である。 ここを理解していないと、その後の無線交信も、帰投判断もすべてブレる。

Bird Strike の本質|なぜ「確認できない」のか

バードストライクが厄介なのは、「確認できない」からではない。 正確に言えば、確認できる前提がそもそも成立しないことにある。

多くの人が想像するバードストライクは、ウインドシールド(キャノピー)に鳥が当たり、 明確な衝撃や視界の変化が起きるケースだろう。 しかし実際には、必ずしもキャノピーに当たるとは限らない

翼の前縁、フラップ周辺、ランディングギア、あるいは視認できない下面。 こうした場所に当たっている可能性は十分にあり、 その場合、コックピットからは衝撃も損傷も確認できないことが多い。

さらに言えば、スズメ程度の小さな鳥は、案外しょっちゅう当たっている。 離陸や進入のどこかで接触していても、気づかないまま飛行を終えるケースは珍しくない。 そして着陸後であっても、痕跡が小さければ見落とされやすい。

だからこそ、「気づかなかった」「見えなかった」「変化がなかった」という事実は、 安全を示す根拠にはならない。 それは単に、影響がまだ表に出ていないだけかもしれない。

バードストライクにおけるリスクは、確認できないことそのものではない。 確認できない状況で、無傷だと決めつけてしまう判断にある。 この誤解が、対応を遅らせ、状況を悪化させる。

だから判断の起点は常に一つだ。 「当たったかどうか」ではなく、「当たった可能性があるかどうか」。 この視点を失った瞬間、バードストライクは単なる運の問題にすり替わってしまう。

判断の優先順位|What comes first?

バードストライク

ここからは、判断を英語の思考で整理する。 Bird Strike では、「何を確認するか」ではなく、何を最優先に守るかが問われる。

結論はシンプルだ。 Aircraft condition is secondary. Ground risk comes first.

① People on the ground

離陸直後・低高度では、機体の下に人がいる可能性を常に考える必要がある。 市街地、道路、住宅、施設。
Protecting people on the ground comes first.

② Aircraft damage (secondary)

機体が本当に壊れているかどうかは、空中では分からない。 Damage assessment can wait.
判断を遅らせる理由にはならない。

③ Indications do not change the decision

振動がない。音もない。計器に変化もない。
それでも判断は変わらない。
No vibration, no warning does not mean no risk.

Bird Strike においては、「異常があるかどうか」ではなく、 異常があってもおかしくない状況かどうかで判断を始める。

Decision trigger

Possible bird strike
それだけで判断を前に出す理由として十分である。

Possibility itself is a decision trigger.

Why we don’t wait

待てば、選択肢は減る。
高度は失われ、余裕も失われる。
Waiting is a risk, not a neutral action.

Bird Strike の判断は、機体を守る判断ではない。 地上を守る判断から始まる。 この優先順位を間違えなければ、次に何を伝えるべきかは自動的に決まる。

無線英語の基本姿勢|How to speak, not explain

バードストライク時の無線英語で求められるのは、説明力ではない。 判断を、最短距離で伝える力である。

ここでまず切り捨てるべき発想がある。 鳥の種類がキンクロハジロなのか、マガモなのかはどうでもいい。 その情報は空中では判断に寄与せず、安全性を一ミリも上げない。

ここでやってはいけないのは、「何が起きたか」を詳しく説明しようとすることだ。 鳥の種類、サイズ、見た目、推測。 それらはすべて確認できない情報であり、判断を遅らせる要因になる。 推測を話し始めた瞬間、判断は弱くなる。

Rule ① Do not explain

状況説明や原因推測は不要。
Explanation delays decision.

無線はレポートではない。
Radio is for action, not investigation.

Rule ② Do not confirm

「確認してから」はBird Strikeでは成立しない。
Confirmation is not required for safety decisions.

当たったかどうかは二次。
Possibility is enough.

Rule ③ State your decision

無線で伝えるのは「判断」だけ。
Say what you are going to do.

行動を先に出すことで、管制側の判断も早くなる。

この姿勢を英語に落とすと、使う単語は驚くほど少ない。 重要なのはpossibleという一語だ。

The word that matters

possible bird strike
断定しない。確認もしない。
それでも判断としては十分である。

Do not say “confirmed”.
Do not guess the cause.

Why “possible” works

possible は責任逃れではない。
It reflects reality.

確認できない状況を、正確に表現しているだけだ。

Bird Strike の無線英語は、上手く話す競技ではない。 迷わず、短く、判断を伝えることがすべてだ。

Explain less. Decide earlier.
That is how safety is communicated.

無線交信テンプレ|段階別(Step-by-step Radio Calls)

バードストライク時の無線交信

バードストライク時の無線交信は、段階で考える。 説明を増やすための段階ではなく、判断を前に出すための段階である。

STEP ① Initial call(最初の一報)

状況を断定せず、短く共有する。

Tower, JA123, possible bird strike on departure.

possible を使うことで、現実を正確に表現できる。
確認も説明も不要。

STEP ② Return request(帰投要請)

判断を行動として伝える。

Tower, JA123, request return to the airport.

理由説明はしない。
判断はすでに①で共有されている。

STEP ③ Immediate return(即時帰投)

安全側に一気に倒す判断。

Tower, JA123, request immediate return to the airport.

immediate は緊張感を伝える単語。
迷いがある時ほど有効。

STEP ④ Emergency(必要な場合のみ)

状況が悪化、または余裕が失われた場合。

Mayday, Mayday, Mayday.
JA123, bird strike, request immediate return.

Mayday は最後のカード
ためらう理由はないが、乱用もしない。

ここで重要なのは、どのテンプレを使うかよりも、使うタイミングである。 バードストライクでは、段階が一気に飛ぶこともある。 ①から③、あるいは③から④へ。

Explain later. Decide now.
Radio calls are decisions, not reports.

締め|離陸直後の航空英語の本質

バードストライクと環境要因

バードストライクは飛行中のどのフェーズでも起こり得る。 だが、最も危険なのは離陸直後である。 高度は低く、速度は不十分で、選択肢は限られている。 ここでの判断ミスは、修正が効かない。

ここで一つ、持ってほしい思考がある。 あなたが訓練している空港、あるいは普段使っている特定のエリアに、 湖、川、池、ダムはないだろうか。 Runway end の先に、小川(wash)や水が集まりやすい地形はないだろうか。

大事なのは、飛行機に乗っている時だけ注意することではない。 常日頃から広い視野で周囲に目を配り、状況を把握し、分析することである。 Bird Strike は、その場の偶然ではなく、環境の積み重ねの結果として起きる。

渡り鳥は季節性の鳥であり、常に同じ場所にいるわけではない。 一方で、それ以外の鳥は常にそこにいる。 種類や細かな特性まで覚える必要はない。 だが、生息場所の特徴くらいは知っていても、無駄になることはないだろう。

Bird Strike の判断は、勇気の問題ではない。 確認を待たず、可能性の時点で安全側に倒す判断である。 それを、最小限の英語で、即座に伝える。 それが、離陸直後の航空英語の本質だ。

Bird Strike decisions are not about confirmation.
They are about protecting people before certainty exists.

ちなみに、鳥取はいまだに「鳥が先か、取が先か」で迷っている。 これは万国共通であろう。

今から学ぶ安全の基礎知識

今から学ぶ安全の基礎知識

バードストライク

ハドソン川の奇跡

今回のバードストライクとは状況が違うが、これこそ機長の「人格」が乗客を救った証であり、 パイロットとして社会性だけでなく、広視野と決断力を持っていた証である。是非観てほしい。

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バードストライク事故事例

時として命に関わることもあるバードストライク。 防ぎ切れないからこそ、常日頃の判断力や広視野が必要となる。 ここでは、実際に起きた代表的な事故事例を紹介する。

US Airways Flight 1549(2009)

離陸直後にカナダガンの群れと衝突し、両エンジンを喪失。 ハドソン川への不時着により全員が生還した。 判断の早さと決断力が結果を分けた代表例。

Eastern Air Lines Flight 375(1960)

離陸中に多数の鳥と衝突し、エンジン出力を失って墜落。 多数の死者を出した、米国航空史に残るバードストライク事故。

United Air Lines Flight 297(1962)

飛行中に白鳥と衝突し、機体制御を喪失。 バードストライクが直接的に致命的結果を招いた事例。

Boeing E-3 Sentry Accident(1995)

離陸直後に鳥の群れを吸い込み複数エンジンが停止。 軍用機ながら、バードストライクの危険性を強く示す事例。

これらの事例に共通しているのは、鳥の存在そのものではない。 判断が遅れたか、あるいは即断できたかが、結果を大きく分けている。 バードストライクは運ではなく、判断の問題である。

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