磁気コンパス|Magnetic Compass

磁気コンパス|Magnetic Compass

マグコンの正しい理解

最後まで生き残るシンプル計器。

Magnetic Compassとは何か

Magnetic Compass(マグコン)とは、日本語で言う「磁気コンパス」のことだ。ここまで解説してきたAttitude Indicator、Heading Indicator、Turn Coordinatorは、いずれも真空か電気のどちらかの動力を必要としていた。しかしマグコンは、電源も真空も一切必要としない、唯一の計器だ。

常に北がどちらかを把握するには、実は小学生の理科で習う基本的な物理理論がそのまま生きている。地球そのものが巨大な磁石になっていて、磁針がその磁力線に反応してN極方向を指す——あの方位磁石の原理と、本質的には同じだ。

実際、特殊部隊員や、脱出した戦闘機パイロットが真っ先に頼るのも方位磁石だ。理由は、構造がシンプルでコンパクト、しかも操作が一切不要だからである。どれだけ最新の航空機であっても、基本的にはマグネティックコンパスが搭載されている。

この記事では、マグコンの仕組みから、Dip Error、旋回・加速時に生じる特有の誤差、そしてHeading Indicatorとの役割分担までを整理していく。

マグコンの仕組み

理科の授業で使った方位磁石とほぼ同じ原理でありながら、航空機で実用に耐えるよう、いくつかの工夫が加えられている。

磁石とコンパスカード

内部の小さな磁石は、方位が印刷された円盤(コンパスカード)に固定されている。磁石そのものではなく、このカードが回転して方位を示す方式だ。

A small magnet is attached to a rotating compass card, which displays the heading rather than the magnet itself.

緩衝液(ダンピングフルード)

コンパスカードは、灯油に似た緩衝液の中に浮かべられている機体の振動や急な動きでカードが暴れないよう、粘性のある液体で制振しているのがポイントだ。

The compass card floats in a damping fluid that reduces oscillation caused by vibration and turbulence.

Lubber Line(基準線)

ケース前面に引かれたLubber Line(基準線)が、機首の向きを示す固定の目印になる。回転するコンパスカードと、この固定線を照らし合わせて方位を読む。

The lubber line is a fixed reference mark aligned with the aircraft’s nose, used to read the heading against the rotating card.

磁石・液体・カードという、電子部品を一切使わないシンプルな構造。これこそが、電源を必要としない理由そのものだ。

Dip Error — 磁力線の傾き

マグコンの誤差を理解する上で、最初に押さえておくべきなのがDip Error(傾き誤差)だ。

磁力線は水平ではない

理科の授業では、磁力線が地表と平行に伸びているようなイメージで習うことが多い。しかし実際の地球の磁力線は、赤道付近ではほぼ水平だが、極に近づくほど地面に向かって傾いて(Dip)いく

Earth’s magnetic field lines are nearly horizontal near the equator but dip steeply downward toward the poles.

磁石も傾こうとする

磁力線に沿おうとする内部の磁石も、この傾きに引かれて、水平を保てず傾こうとする。傾いた状態では、コンパスカードとの間に摩擦や誤差が生まれやすくなる。

The compass magnet tends to tilt along with the dipping field lines, which can introduce friction and error at the pivot.

Pendulous Mounting(重り付き吊り下げ構造)

この傾きを打ち消すため、磁石は回転軸より低い位置に重りをつけて吊り下げる構造(Pendulous Mounting)で設計されている。しかしこの補正機構そのものが、次に扱う旋回・加速時の特有の誤差を生み出す原因になる。

Pendulous mounting counteracts dip by hanging the magnet assembly below the pivot point, but this design introduces its own errors during turns and acceleration.

つまりDip Errorへの対策そのものが、別の種類の誤差の原因になっているという、少し厄介な構造になっている。

旋回時の誤差(UNOS)

前のセクションで触れたPendulous Mountingが原因となり、北または南に向かう方位を通過する旋回中、コンパスの表示が実際の方位からズレる。

UNOS|Undershoot North, Overshoot South

北半球において、北向きの方位で旋回を止める時は、目標方位の手前で早めに(Undershoot)ロールアウトする必要がある。逆に南向きの方位で止める時は、目標方位を過ぎてから(Overshoot)ロールアウトする必要がある。

In the Northern Hemisphere, roll out early when turning to a northerly heading, and roll out late when turning to a southerly heading.

誤差が最大になる方位

この誤差は、北・南に近い方位で最大になり、東・西に近い方位ではほぼゼロになる。旋回する方位によって、意識すべき度合いが変わる。

This turning error is greatest near north and south headings and nearly disappears near east and west.

この誤差は、Heading Indicatorの記事で扱ったApparent Precessionとはまったく別の原因による誤差だ。同じ「北で誤差が出る」という現象でも、背景にある物理は異なる。

加速・減速時の誤差(ANDS)

旋回していなくても、加速・減速するだけでマグコンの表示は乱れる。同じPendulous Mountingが原因だが、今度は東・西に近い方位で影響が最大になる。

ANDS|Accelerate North, Decelerate South

東または西に近い方位を飛んでいる時、加速すると、コンパスは実際には旋回していないのに北へ向かっているかのような表示になる。減速すると、逆に南へ向かっているかのような表示になる。

On easterly or westerly headings, accelerating causes the compass to falsely indicate a turn toward north, while decelerating falsely indicates a turn toward south.

UNOSとは逆の方位で発生する

前のセクションのUNOS(旋回誤差)は北・南で最大、東・西でほぼゼロだった。ANDS(加速誤差)はその逆で、東・西で最大、北・南でほぼゼロになる。

Acceleration error is greatest on east and west headings and nearly absent on north and south, the opposite pattern of the turning error.

UNOSとANDS、2つの誤差はちょうど正反対の方位で最大になるという、覚え方としても対になった構造をしている。

マグコンとHeading Indicator、それぞれの役割

これでHeading Indicator記事で予告していた内容が回収できた。2つの計器の関係を改めて整理する。

マグコンは正しさの根拠、HIは安定した実用

マグコンは電源不要で常に生きているが、旋回・加速時にはUNOS・ANDSという誤差が出る。HIは旋回中も安定して読めるが、Apparent Precessionにより時間とともにズレていく

だから水平・定常飛行中に照合する

UNOS・ANDSはいずれも旋回・加速の最中に生じる誤差だ。つまりマグコンは水平・定常飛行中であれば正確に読める。だからこそHIの記事で扱った「10〜15分おきに水平飛行中に補正する」というルールが成立する。

マグコンとHI、どちらか一方が優れているわけではない。マグコンが持つ弱点(旋回・加速時の誤差)を避けるタイミングでHIを使い、HIが持つ弱点(時間経過によるズレ)をマグコンで補正する。この補い合いの構造こそが、2つの計器の本当の関係だ。

まとめ

航空計器は元来シンプルな構造のものが多く、時代や航空機性能の発展とともに、今の構造や種類に落ち着いてきた。機種が変われば、搭載されている計器にも違いが出てくる。戦闘機か、輸送機か、小型機かによっても構成は変わる。

しかしマグコンは、基本計器のドンとして、必ず航空機に装備されている。人間社会で言えば、浅い知識だけで声高に活動するフェミニストやSDGsの活動家をよそ目に、芯のある専門家のような立ち位置だろうか。派手さはなくとも、いなくなったら誰もが困る。そういう存在が、どんな組織にも必要なのかもしれない。

よくある質問

オーラル試験での対策

口述試験ではマグコンの仕組みだけでなく、旋回・加速時にどのような誤差が生じるかまで説明できるかが問われる。以下は代表的な質問と解答例である。

Examiner:
Why doesn’t the magnetic compass require any electrical power?

Pilot:
It operates purely on Earth’s magnetic field, using a magnet mounted on a compass card floating in damping fluid. There are no electronic components, so it keeps working even if the aircraft loses all electrical power.

Examiner:
What happens to the compass indication when turning through a northerly heading?

Pilot:
Due to turning error, I need to roll out before reaching the desired heading when turning to north, and roll out slightly past the desired heading when turning to south. This is remembered with the mnemonic UNOS — Undershoot North, Overshoot South.

Examiner:
How does acceleration affect the magnetic compass?

Pilot:
On an easterly or westerly heading, accelerating causes the compass to falsely show a turn toward north, and decelerating shows a turn toward south. This is remembered with ANDS — Accelerate North, Decelerate South.

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谷口 一貴 / Kazuki Taniguchi

Author

谷口 一貴 / Kazuki Taniguchi

株式会社SMART FLIGHT 代表取締役

元海上自衛隊潜水艦乗り。退官後、アメリカのフライトスクールでパイロットライセンスを取得。カナダ・アメリカを含む世界100校以上のフライトスクールを直接視察し、30回以上のカナダ渡航で航空会社・フライトスクール・空港関係者との信頼ネットワークを構築。訓練生がつまずく要因が英語であり、その後のキャリア・安全性にも英語が直結していることを現場の声から実感。この思想はほぼ全ての航空企業・フライトスクールから強い共感を得ており、パイロットを目指す前に英語によるマインド構築が何より大切であると確信している。

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Last Updated: 2026.09.18

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