アイシングは、冬だけのものか
アイシング(Icing)と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、冬の雲の中で翼に氷が付いていく場面だろう。間違いではない。ただ、それはアイシングの一つの姿にすぎない。
では、こう聞かれたらどう答えるだろうか。
真夏の山岳地帯。空気は乾燥していて、雲もない。
この条件なら、アイシングは起きないと言い切れるか。
答えは、言い切れないだ。理由は、この記事を読み進めるとわかる。
国土交通省航空局のリーフレット「航空機への着氷」は、2017年6月に富山県立山町の山頂付近(標高約2,700m)で起きたセスナ機の墜落事故を取り上げている。原因の一つとして、機体への着氷により高度を維持できなくなった、あるいは失速した可能性が挙げられている。搭乗者が全員亡くなったため、原因は特定されていない。それでも、季節が夏に近くても、着氷が事故の要因として検討されたという事実は重い。
アイシングは1種類ではない。季節に関係なく起きるものもあれば、季節や気候によって起きやすくなるものもある。季節で決めつけず、種類ごとに「どこに・どんな条件で」付くのかを知っておく。それが、この記事の結論だ。
この記事で押さえること
アイシングとは|過冷却水滴の仕組み
アイシング(着氷)とは、航空機の表面や内部に氷が付くことだ。翼に付く氷を理解する鍵になるのが、過冷却水滴(Supercooled Water Droplets)である。
0℃以下でも、水は凍らずに残る
水滴が凍る温度は、その大きさによって変わる。
| 水滴の大きさ | 凍る温度の例 |
|---|---|
| 100μ | −15℃ |
| 20〜50μ | −30℃ |
| さらに小さな水滴 | −40℃ |
国土交通省航空局「航空機への着氷」より。
着氷が起こりやすい条件
航空局のリーフレットは、次の点を挙げている。
薄い氷でも、影響は大きい
翼に付いた氷は、翼の上面の滑らかな空気の流れを乱す。見た目にはわかりにくいが、実は非常に失速しやすい状態になっている。航空局のリーフレットは、機体の重要な部分にほんの数分間で積もった薄い氷が、失速速度、安定性、操縦性に大きな影響を与えるとしている。
英語の例文
Supercooled water droplets stay liquid below freezing and freeze on contact with the aircraft. That is why visible moisture and temperatures near or below zero are the key conditions for icing.
過冷却水滴は氷点下でも液体のまま残り、機体に触れると凍る。だから、目に見える水分と、0℃前後以下の気温が、着氷の鍵になる条件だ。
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アイシングの種類|どこに、どんな条件で付くか
ひと口にアイシングと言っても、氷が付く場所と、起きる条件はまるで違う。航空で押さえておきたいのは、次の3つだ。
| 種類 | どこに付くか | 起きる条件 | 起きやすい場面 |
|---|---|---|---|
| 構造着氷 Structural Icing |
翼、尾翼、プロペラ、風防、ピトー管など機体の外側 | 目に見える水分(雲・雨)と、0℃前後以下の気温 | 雲の中、着氷性の雨、山岳地帯 |
| キャブレター・アイシング Carburetor Icing |
エンジンの吸気(キャブレターの中) | 湿度。雲がなくても、暑い日でも起きうる | 出力を絞る降下中、低い出力での運転 |
| 地上での霜・雪・氷 Ground Icing / Frost |
駐機中の機体の表面 | 冷え込み、降雪、着氷性の雨 | 冬の朝、離陸前 |
構造着氷には、氷の付き方によってRime・Clear・Mixedの種類がある。詳しくは後のセクションで扱う。
キャブレター・アイシングは、雲がなくても起きる
3つの中で、一番「季節」と結びつけて考えてはいけないのが、キャブレター・アイシングだ。キャブレターの中では、燃料が気化するときに熱を奪い、空気の圧力も下がる。その結果、外が暖かくても、中は氷ができるほど冷えることがある。
| FAAが示す目安 | 気温 | 相対湿度 |
|---|---|---|
| 起きやすい | 70°F(約21℃)未満 | 80%超 |
| 起きうる | 100°F(約38℃)まで | 50%程度まで |
FAA Advisory Circular AC 20-113より。°Cは°Fからの換算値。
さらにFAAは、スロットルを少し閉じた低い出力のときに氷ができやすく、長い降下の前には吸気を暖め、降下中も定期的に出力を上げて確かめるよう勧めている。「上昇中でなくても、降下中に起きる」のは、このためだ。具体的なキャブヒートの使い方は、機種ごとにPOHと教官の指示に従うこと。
番外編
運動で捻挫や打撲をしたときのアイシング
「アイシング」と検索すると、真っ先に出てくることもある、あのアイシングだ。こちらは、氷を当てて冷やすのが目的。航空のアイシングは、氷を付けないのが目的。同じ言葉でも、氷に対する態度は正反対である。訓練中に足首をひねったら前者、翼に氷が見えたら後者だ。どちらも、放っておかないこと。
季節で分けて考える
アイシングを季節で整理すると、季節に関係なく起きるものと、季節や気候で起きやすくなるものに分かれる。冬だけを警戒していると、前者を見落とす。
季節に関係なく起きるIcing
キャブレター・アイシング
決め手は気温より湿度。FAAは、気温が約38℃でも、湿度が50%程度あれば起きうるとしている。雲がなくても、真夏でも、降下中でも起きる。
高い高度・山岳地帯での構造着氷
地上が暑くても、上空は冷えている。標準大気では、気温は1,000ftごとに約2℃下がる。この下がり方で単純に計算すると、地上が30℃でも、約15,000ftで0℃に届く。0℃より上空に雲があれば、季節に関係なく着氷の条件がそろう。
実際に0℃になる高さ(凍結高度、Freezing Level)は、その日の大気で変わる。飛行前に予報で確認すること。
季節や気候で起きやすくなるIcing
冬|凍結高度が下がる
冬は0℃になる高さが低くなる。小型機が飛ぶ低い高度の雲でも、着氷の条件がそろいやすい。航空局のリーフレットには、着氷が予想される状況では「+1℃の外気温高度」を常に頭に置いておくことが重要だ、という操縦士の体験談も載っている。
冬|着氷性の雨(Freezing Rain)
上空に暖かい層があり、その下に0℃以下の層があると、雨は凍らないまま0℃以下の層を落ちてくる。この雨が機体に当たると、その場で凍り付く。大きな水滴のため、重い着氷になりやすい。METARでは、着氷性の雨は「FZRA」、着氷性の霧雨は「FZDZ」と表される。
METAR … -FZRA OVC008 M01/M02 …
冬の朝|地上での霜・雪・氷
冷え込んだ夜明けの駐機場では、翼に霜が付く。薄い霜でも、翼の上の空気の流れを乱す。カナダには、霜・氷・雪を付けたまま離陸しないClean Aircraft Conceptという考え方があり、TCの除氷・防氷の資料(TP 10643)でも航空法の章として扱われている。カナダの冬に訓練するなら、必ず身につけておきたい考え方だ。
夏の山岳地帯|午後に発達する雲
夏でも、山の上では午後に雲が急に発達することがある。雲が0℃より上空まで伸びれば、その中は着氷の条件になる。次のセクションで、実際の例とともに見ていく。
METARの例は、説明のための作例。
POINT
冬は「起きやすい」季節であって、「冬しか起きない」わけではない。季節ではなく、湿度・水分・気温・高度で考える。
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出典:FAA AC 20-113/国土交通省航空局「航空機への着氷」/Transport Canada TP 10643
ケーススタディ|真夏の山岳地帯なら、言い切れるか
真夏の山岳地帯。空気は乾燥していて、雲もない。
この条件なら、アイシングは起きないと言い切れるか。
冒頭の問いに戻る。まず、1枚の写真を見てほしい。
空は晴れていて、雲もほとんどない。それでも、眼下に広がるのは雪と氷河だ。「真夏=暖かい」は、地上の話でしかない。高度が上がれば、真夏でも0℃前後の世界に近づいていく。
遠くの山に、いきなり雷雲
現場から一言
真夏のアルバータで、レーダー上の遠くの山に、いきなり雷雲が発生し始めたことがある。そのとき、フライトスクールではIcingに注意するようアナウンスされていた。
真夏に、なぜIcingの注意が出るのか。雷雲(積乱雲)は、上空の0℃以下の層まで高く伸びる。その中には、凍らずに残った過冷却水滴が含まれることがある。地上が真夏でも、雲の上のほうは着氷の条件がそろっているということだ。
起きるとしたら、どんな条件か
乾燥していて雲が一つもない間は、構造着氷はまず起きない。問題は、その状態がずっと続くとは限らないことだ。
答え
言い切れない。「今は乾燥していて雲もない」は、その瞬間の話でしかない。山岳地帯では、地形と時間帯で条件が変わる。飛ぶ前の予報と、飛んでいる間の雲の変化を、季節に関係なく確かめ続けることだ。
英語の例文
Even in summer, I can’t rule out icing over the mountains. Clouds can build quickly in the afternoon, and their tops can reach well above the freezing level.
夏でも、山の上では着氷の可能性を否定できない。午後には雲が急に発達することがあり、その雲頂は凍結高度よりずっと上まで達しうる。
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上昇中だけではない|降下中にも起きる
アイシングというと、高度を上げて冷たい層に入っていく場面を思い浮かべやすい。しかし、高度を下げている最中にも起きる。降下中に注意したい場面は、大きく3つある。
① 出力を絞るとき|キャブレター・アイシング
降下では出力を絞る。FAAは、スロットルを少し閉じた低い出力のときに、キャブレターの中で氷ができやすいとしている。そのため、長い降下の前には吸気を暖め、降下中も定期的に出力を上げて、エンジンが応えるかを確かめるよう勧めている。外が暖かくても、降下中に起きうるのは、このためだ。具体的な操作は、機種ごとにPOHと教官の指示に従うこと。
② 雲の層を抜けるとき|構造着氷
降下の途中で雲の層を通り抜けるとき、その雲が0℃前後以下の高さにあれば、着氷の条件がそろう。巡航中は雲の上で晴れていても、目的地へ降りていく途中で着氷の層を通ることがある。降下を始める前に、途中の雲と凍結高度を確かめておく。
③ 冷え切った機体|脚が下りない
航空局のリーフレットには、ある操縦士の体験談が載っている。
ある操縦士の体験談(要約)
−38℃の中を30分飛んだあと、着陸のための降下中に脚を出そうとしたところ、脚が下りなかった。可動部が凍り付いていたことが、後にわかった。幸い、高度2,000ftの気温が+2℃だったため、そこで15分ほど飛んだところ、通常の操作で脚が下り、無事に着陸できた。
同じ体験談は、次のことも伝えている。
訓練で使う小型機の多くは、脚を出し入れしない固定脚だ。それでも、冷え切った機体の可動部は、思いどおりに動くとは限らないという教えは、フラップや操縦系統にも通じる。将来、引き込み脚の機体に乗るときのためにも、覚えておきたい話だ。
英語の例文
Carburetor icing is more likely at low power settings, so it can form during a descent even when the outside air is warm.
キャブレター・アイシングは低い出力のときに起きやすい。だから、外気が暖かくても、降下中に起きることがある。
航空英語|着氷をどう伝えるか
着氷に遭遇したら、管制や後続の機体に伝える必要がある。そのときに使うのが、PIREP(パイロットからの気象報告)の言葉だ。強さと種類の2つを、決まった言葉で伝える。
強さ|Trace・Light・Moderate・Severe
| 強さ | 目安 |
|---|---|
| Trace | 氷が見えてくる程度。長時間(1時間超)でなければ、ただちに危険ではない |
| Light | そのまま長く飛び続けると問題になりうる |
| Moderate | 短時間の遭遇でも危険になりうる。防除氷装置の使用か、回避が必要 |
| Severe | 防除氷装置でも抑えきれない。ただちに回避が必要 |
FAAのAIM(PIREPs Relating to Icing)の定義を要約したもの。定義の文言は版によって改訂されることがあるため、最新のAIMで確認すること。防除氷装置のない小型機は、強さに関係なく、着氷の条件そのものを避けるのが原則だ。
種類|Rime・Clear・Mixed
Rime Ice(樹氷状の氷)
小さな過冷却水滴が、ぶつかった瞬間に凍ってできる。空気を含むため、白く濁ってざらざらしている。
Rime ice forms when small supercooled droplets freeze instantly on impact. Air is trapped inside, so it looks rough, milky, and opaque.
Clear Ice(透明な氷)
大きな水滴が、ぶつかったあと一部が流れながら凍ってできる。透明で硬く、重い。翼の後ろのほうまで広がりやすい。着氷性の雨で付きやすいのはこちらだ。
Clear ice, also called glaze ice, forms from larger droplets that only partially freeze on impact. The water flows back before it freezes, so the ice is smooth, hard, heavy, and can spread far back along the wing.
Mixed Ice(混合)
RimeとClearが混ざったもの。
Mixed ice is a combination of rime ice and clear ice.
無線での伝え方
強さと種類に、高度と、どうしたいのかを添える。
着氷を報告し、高度の変更を求める
Edmonton Centre, Cessna Golf Alpha Bravo Charlie, picking up light rime icing at 6,500, request lower.
6,500ftで弱いライムアイスが付き始めた。低い高度を要求する。
着氷域を抜けたことを伝える
Golf Alpha Bravo Charlie, out of the icing at 4,500, ice is shedding.
4,500ftで着氷域を抜けた。氷は剥がれ始めている。
説明のための作例。コールサインや管制機関の名称は架空のもの。実際の言い回しは、訓練する国の規程と教官の指示に従うこと。
POINT
着氷の報告は、自分のためだけではない。同じ空域を後から飛ぶ機体にとって、何よりの情報になる。強さ・種類・高度を、決まった言葉で短く伝える。これも航空英語の大事な役割だ。
まとめ|季節で決めつけず、条件で考える
アイシングについて、押さえておきたいことは次の3つだ。
01
アイシングは1種類ではない
機体の外側に付く構造着氷、エンジンの吸気に付くキャブレター・アイシング、駐機中に付く霜・雪・氷。付く場所も、起きる条件も違う。
02
冬は「起きやすい」季節であって、「冬しか起きない」わけではない
キャブレター・アイシングは暑い日でも、降下中でも起きる。高い高度や山岳地帯では、真夏でも雲の中は着氷の条件になりうる。
03
「今は晴れていて雲もない」は、その瞬間の話でしかない
山岳地帯では、地形と時間帯で条件が変わる。飛ぶ前の予報と、飛んでいる間の雲の変化を確かめ続け、遭遇したら強さ・種類・高度を決まった言葉で伝える。
航空局のリーフレットは、着氷を避けるために、飛行前の気象確認、着氷域の回避、そして躊躇なく引き返す早めの決断の大切さを挙げている。季節や見た目の天気で決めつけず、湿度・水分・気温・高度という条件で考える。それが、アイシングから身を守る一番の基本だ。
POINT
「アイシング=冬」と覚えるのではなく、「どこに・どんな条件で付くのか」を種類ごとに説明できるようにしておく。オーラルで問われるのも、まさにそこだ。
よくある質問
航空機のアイシング(着氷)とは何か?
航空機の表面や内部に氷が付くことだ。翼などに付く着氷は、0℃以下でも凍らずに残った過冷却水滴が、機体にぶつかった瞬間に凍り付くことで起きる。薄い氷でも、失速速度、安定性、操縦性に大きな影響を与える。
アイシングにはどんな種類があるか?
翼や尾翼など機体の外側に付く構造着氷、エンジンの吸気に付くキャブレター・アイシング、駐機中の機体に付く霜・雪・氷の3つを押さえておきたい。付く場所も、起きる条件も違う。構造着氷は、氷の付き方によってRime・Clear・Mixedに分けられる。
アイシングは冬にしか起きないのか?
冬だけではない。冬は起きやすい季節だが、キャブレター・アイシングは湿度しだいで暑い日にも起きる。高い高度や山岳地帯では、真夏でも0℃より上空まで伸びた雲の中は着氷の条件になりうる。季節ではなく、湿度・水分・気温・高度で考えることが大切だ。
キャブレター・アイシングは何℃まで起きるのか?
FAAの資料(AC 20-113)は、気温が70°F(約21℃)未満で相対湿度が80%を超えると起きやすく、100°F(約38℃)でも湿度が50%程度あれば起きうるとしている。雲がなくても起き、出力を絞る降下中に起きやすい。
真夏の山岳地帯で、晴れて雲がなければアイシングは起きないと言い切れるか?
言い切れない。乾燥していて雲がない間は、構造着氷はまず起きない。しかし山岳地帯では、午後に雲が急に発達したり、風上側の斜面で雲ができたりする。雲が0℃より上空まで伸びれば、真夏でも中は着氷の条件になる。「今は晴れていて雲もない」は、その瞬間の話でしかない。
着氷の強さは、英語でどう伝えるのか?
PIREPでは、強さをTrace・Light・Moderate・Severeの4段階で、種類をRime・Clear・Mixedで伝える。無線では、強さと種類に高度と要求を添えて、「picking up light rime icing at 6,500, request lower」のように短く伝える。
オーラル対策|アイシングの説明例
実際のオーラル試験を想定し、英語での想定問答を確認しておこう。
Q1 What conditions are necessary for structural icing?
Q2 What types of structural ice are there?
Q3 Can carburetor icing occur on a warm day?
Q4 It’s a clear summer day over the mountains. Can you rule out icing?
Q5 What would you do if you encountered icing in an aircraft not certified for icing?
Author
谷口 一貴 / Kazuki Taniguchi
株式会社SMART FLIGHT 代表取締役
元海上自衛隊潜水艦乗り。退官後、アメリカのフライトスクールでパイロットライセンスを取得。カナダ・アメリカを含む世界100校以上のフライトスクールを直接視察し、30回以上のカナダ渡航で航空会社・フライトスクール・空港関係者との信頼ネットワークを構築。訓練生がつまずく要因が英語であり、その後のキャリア・安全性にも英語が直結していることを現場の声から実感。この思想はほぼ全ての航空企業・フライトスクールから強い共感を得ており、パイロットを目指す前に英語によるマインド構築が何より大切であると確信している。
→ プロフィール詳細Last Updated: 2026.10.29